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水戸地方裁判所土浦支部 昭和62年(わ)647号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、青森県北津軽郡鶴田町で出生し、同町立の中学校を経て神奈川県川崎市内の専門学校に約三年間通学したのち、同県弘前市内で暴力団に所属して金融業などをしていたが、昭和五八年ころ右暴力団を離脱し、知人を頼って茨城県土浦市へ移り住み、風俗営業、飲食業等の手伝いをし、昭和六二年八月からは同市桜町《番地省略》所在の深夜飲食店「ファツションパブ・ダイヤモンド」のいわゆる支配人として従業員の管理指導、接客等に従事していたものであるが、同年一一月二日午前八時ころ、同店の客A(当時二九歳)が所持金なしに飲食し(以下、単に「無銭飲食」という。)その代金を支払わないうえ、被告人が所持金の有無を問い質すと、酒に酔った右Aから、「なかったらどうする。やんのか、あんちゃん。」などと喧嘩腰でからまれたため、話をつけようと同人を店の外へ出したところ、同人が同店南方の桜川河川敷(同川北岸側)に降りて、上衣を脱ぎ上半身裸になるなどして喧嘩の態勢を整えたうえ、被告人に対し「来いよ。」と声をかけ挑発したことから、無銭飲食をしたうえに謝るどころか逆に喧嘩をしかけてくる右Aの態度に憤激し、右河川敷において同人と対峙するや、右手拳で同人の左顔面を強く殴打し、これにより転倒した同人の腹、肩等を数回足蹴にし、立ち上がりよろめきながら近寄ってきた同人の胸の辺を、桜川(川幅約八五メートル、水深は両岸付近が約一・二メートルで川の中央部に向かい徐々に深くなり、中央部で約二・一メートル)の方向へ両手で押して、同人を同川の水中(水深約一・二メートル)へ落とし、さらに、同人が右落下地点から約八メートル西方のはしご状のローラー(舟等の上げ下ろし用のもの)を昇って岸に上がろうとするや、右足で蹴って、同人を再び川の中に仰向けに落下させ、同人に対し、「もう金いんねえから帰っちめえ。あっち岸でも泳いで帰っちめえ。」などと怒鳴りつけるとともに、同人が脱いだ上衣を川の中に投げつけ、近くにあった棒を水面に叩きつけるなどし、これらの暴行等により、同人に右桜川北岸から上がるのを断念して前記のとおり水深が深く背の立たない同川中央部を渡って対岸に向かうことを余儀なくさせ、歩きながら川を渡り始め、途中からは川底から飛び上がるようにして水没浮上を繰り返しながら進んでいた同人をして、右北岸から約三〇メートル離れた地点(水深約二メートル)付近において、冷たい川水の嚥下や体表面の冷却などにより、水中で嘔吐させ、嘔吐物である飲食残渣を気管及び気管支内に吸引させ、よって、その右地点付近において同人を窒息死するに至らしめたものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

一  弁護人は、(一)①被告人が被害者に対し一回手拳で殴打し、二回足蹴にする暴行を加えたことは認めるが、それが被害者に直接当ったかどうかは明らかでなく、②被害者が川に落ちたのも被告人が故意に突き落としたのではなく、被害者自身が被告人ともみ合っているうちによろけて落ちたものであり、③被害者が梯子から上がろうとするのを蹴って妨害したこともない、(二)仮りに被告人に右のような暴行があったとしても、被害者が対岸に向かって背の立たないところを敢えて渡ろうとしたのは、被告人の行為によるものではなく被害者自身の異常な判断によるものであり、被害者が水深の深い地点に至り水没して窒息死したのも、被害者自身が招いた結果であって被告人の暴行によるものではなく、被告人にはこのような結果発生の予見可能性はないから、右暴行と死亡との間には因果関係が存在しない旨主張し、被告人も捜査及び公判段階において概ねこれに沿う供述をするので、以下、これらの点について順次当裁判所の判断を示す。

二1(一) 被告人による殴打等の程度

前掲各証拠によれば、被害者の身体には、その左頬骨部に相当強度の手拳による殴打により生じたとみられる表皮剥離及び皮下・筋肉内出血を伴う腫瘍、左肩部及び左上腕部付近にも足蹴により生じたみられる表皮剥離、皮下出血を伴う変色部が数箇所存在していること、被害者は、被告人の右手拳による一回の左顔面殴打により転倒していること、被告人は被害者が桜川に落下した後においてさえ、個人の判示の無銭飲食及びその後の言動に対して激しい怒りを抱いており、被害者に対して更に暴行を加える意欲を有していたことが認められ、これらの事実を総合すれば、被告人による殴打、足蹴が被害者の身体に判示のように的中しているのはもちろん、その暴行の程度は相当強度なものであったことが明らかである。

右認定に反する被告人の供述は、前記被害者の負傷部位・程度、医師三澤章吾作成の鑑定書及び同人の証言、第三者の目撃供述等の客観的な証拠に反するのみならず、被告人の部下であり、被告人をかばおうとしていることの窺えるBの供述にすら矛盾しており、判示の本件に至る経緯や被告人の激昂した心理状況に照らしても甚だ不自然不合理であって、到底措信し得ない。

(二) 被害者の水中への落下状況

また関係証拠によれば、被告人は、判示のとおり、被害者を殴り倒し、一方的に足蹴を加えた後、立ち上がってよろけるようにして近寄ってきた被害者を川岸から約一メートル程度の位置から川の方向にその胸を両手で押し、このため被害者が川の中に背中から仰向けに水音を立てて落下したことが認められ、その態様は弁護人が主張するような対等に格闘しもみ合ううちに被害者が誤って落下したなどという程度のものではない。

右認定に反する被告人の供述は、前記Bも含めた目撃者らの証言及び供述に照らし措信し難い。

(三) 被害者の上陸行為と被告人による妨害

前掲各証拠によると、被害者が、川に落下した後、上半身裸で胸まで水につかりながら、立ち上がり、なお虚勢を張って悪態をついていたのに対し、被告人は、同人に罵声を浴びせるなどして同人が川岸へ上がれば更に暴行を加える気勢を示し、同人が右落下地点から約八メートルのところにある前記梯子状ローラー(以下単に梯子という。)を両手で掴み、その下段の方に足をかけ、梯子を昇ろうとして水面から上半身を上げてくるや、喧嘩を続けるべく、前記Bをして水中に飛び込むかと思わせるほどの勢いで近づき、これに対し被害者が被告人の右足を掴もうとして手を出したところ右足で蹴り、そのため被害者がそれと同時に梯子から手を離して背中から仰向けに、再び水中に落下したことが認められる。

この点について被告人は、「被害者は、川底に足をつくような状態で梯子から手を伸ばして被告人の足を掴んで水中に引き摺り込もうとしたもので、防禦的に被害者の手を足で払いのけたにすぎず、同人には岸に上がる意思などなく、自ら後方へ飛びのいたので、梯子から落ちたりはしていない」旨供述しているが、これはBも含めた目撃者の証言及び供述に反するのみならず、被告人の攻撃的な感情が未だ治まっていない当時の状況や、司法警察員作成の昭和六三年二月二九日付実況見分調書、当裁判所の検証調書等によって明らかな梯子の護岸への設置状況、川底との位置関係、被害者・被告人との身長等に照らすと不自然・不合理であって到底措信し得ない。

また被害者は、最初に落下してから右梯子に至るまでの間に、被告人に対し「入ってこい。」などと怒鳴っていることが認められるが、先に川に落とされひとりだけ濡れてしまった者の喧嘩相手に対する言葉としてはごく自然なものであって、これと同時に自らが岸へ上がる意思をもつことと何ら矛盾する言動とは言えないうえ、関係証拠により認められる当時の外気温(摂氏約一三度)、水温(同約一五度)、水深(落下地点付近で約一・二ないし一・三メートル)の状況などに照らすと、上半身裸でいる被害者が早く岸に上がろうとすることは当然の行動ともいえるのであるから、被害者の前記言動も何ら右認定を妨げるものではない。

(四) その後の被告人の言動

前掲各証拠によれば、再び川の中に落下した被害者に対して、被告人は、判示のとおり対岸に泳いで帰るように怒鳴りつけ、同人が対岸に向かってその場から五ないし一〇メートル歩いて行ったころ、河川敷に同人が残していった肌着とジャージの上衣を川に投げつけ、更に、被害者が文句をいうのに対して付近にあった棒を水面に叩きつけ、その後、同人が最初の落下地点から約一五ないし二〇メートル対岸寄りに進むまでその場でBとともに見届けた後、堤防上に戻って、被害者が水没するまで見ていたことが認められ、右認定に反する被告人の供述は、Bを含めた目撃者の証言及び供述に照らして措信できない。

2(一) 現場付近の桜川の状況

関係証拠によれば、被害者の落下した地点付近の桜川は川幅が約八五メートル、水深は両岸付近が最も浅く、最も深い川の中央部に向かって両岸から徐々に深くなっており、右落下地点付近で約一・二メートル、同地点から対岸寄り約一五メートルの地点で約一・五メートル、同約二〇メートルの地点で約一・八メートル、約三〇メートルの地点で約二メートル、約四〇メートル(中央部付近)の地点で約二・一メートルとなっていたことが認められる。

(二) 被害者の川の中での行動

関係証拠によれば、被害者は泳ぎは多少できる程度で特にうまいわけではなく、前記のように再び川に落下してから対岸へ向かい、暫くは川底を歩行して進んでいたが、前記落下地点から約二〇メートル程進んだ以降は、川底を蹴って飛び上がるようにして水没、浮上を繰り返しながら進み、川の中央部付近(前記落下地点から約三〇メートル)において、水没して判示のとおり死亡したことが認められる。

弁護人は、右のように被害者が川を渡って対岸に向かった行動は、被害者の自由意思によるもので、被告人の行為によるものではない旨主張するのであるが、前記認定にかかる当時の同川の水温、川幅、水深などをみるだけでも格別泳ぎが達者ではない被害者が、その自由意思で間近の岸から上がらず、ことさら対岸を目指すことは考えにくいことであり、さらに、前記1で認定した被告人による激しい殴打等の暴行と川の中への落下(1(一)(二))、上陸しようとした際の被告人の妨害(同(三))、対岸へ向かうように仕向けた被告人の言動(同(四))等の事情を併せ考えると、被害者が背の立たない川の中央部を敢えて渡ってまで対岸へ行こうとしたのは、右のような被告人による一連の暴行や言動により、被告人のいる側の岸に上がることを断念して対岸へ向かうほかないという心理状態に追い込まれた結果と認めるのが相当であって、弁護人の前記主張は採用できない。

3 被告人の予見可能性

一般的に飲酒により酩酊状態にある者を、寒い季節に冷たい川の中に入れ、相当距離のある対岸まで向かわせれば途中で水没、溺死することがありうるのは通常十分に予見可能なものといえる。

本件においても、被害者は酒に酔って(医師三澤章吾作成の鑑定書によれば中等度酩酊状態)、しかも上半身裸となっていたもので、また本件当時の気温や現場付近の桜川の状況は前述のとおりであって、これらの事情については被告人も十分認識し、また認識し得たものであり、加えて被告人は前記のような経緯で再度川の中に落ちた被害者に対岸まで泳いで行くように怒鳴りつけたうえ、着衣を水中に投げつけるなどしているのであるから、被害者が水深が深く背の立たない川の中央部を通って対岸に向かうことは、被告人によって仕向けられたとおりの行動に出たものということができ、その結果被害者が水没して死亡することも前記のとおり十分にありうることとして予見し得たものと認められ、被告人にとって何ら予見不可能な事態ということはできない。

三  以上認定説示したとおり、被告人による被害者に対する本件暴行等の行為によって、同人の死の結果が生じたものであることは十分に肯認できるものというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇五条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

本件は、飲食店のいわゆる支配人である被告人が、無銭飲食をしたうえ開きなおってからんできた被害者の態度に憤激し、同人に対し河川敷で暴行を加えたうえ、これを川の中に落下させ、川から上がろうとする被害者にさらに暴行等を加えて、被害者をやむなく対岸に向かわしめ、溺死させた事案であるが、無銭飲食をしたとはいえ(但し、被害者は同店店員Bに対して銀行のカードを示し午前九時になれば銀行から預金を下ろして支払う旨も申し出ていたのであるから、支払意思が全くなかったとは即断し難い。)、かなり酒に酔った被害者に対し、冷静かつ適切な扱いをせず、立腹の余り短絡的に暴力による解決を選び、一方的に強い暴行等を加えたことは、酔客相手の接客業の責任者の態度としてはあまりにも前後を弁えない所業というほかない。そのため被害者は未だ三〇歳に達していないうちにその尊い生命を失い、遺族にも甚大な打撃を与えたという結果の重大さに加えて、本件が飲食業関係者や飲客らに及ぼした不安感等の社会的影響も少なからぬものがあったと窺えること、被告人は自己の暴行等の程度をかなり過少に供述し、被害者の死亡の責任を同人に転嫁するなど改悛の情に乏しい面がみられ、また、粗暴犯による罰金刑の前科を有することなどに照らすと、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

しかしながら、他方、本件の重大な結果は、被告人の本件暴行と因果関係はあるものの、被告人が殊更これを意図しあるいは望んで惹起したものではなく、その意味では不幸な事態ともいえること、本件の発端においては酒に酔っていたとはいえ初めての店で飲食しながら代金の請求に応じず、逆に従業員にからみ、喧嘩を挑発した被害者の側に落度が存すること、客扱いに適切さを欠き重大な結果を招いた点については現在では被告人も反省をし、雇用主が、被告人に代わり、被害者の遺族に対し弔慰金として五〇万円を支払ったうえ謝罪をし、被害者の実父の宥恕を得ていること、被告人は実刑の前科はなく、本件により既に九か月余りに及ぶ身柄拘束を受け、被告人の雇主も被告人に対する今後の監督を誓っていることなど被告人に有利な事情も認められるので、今回はこれらの事情を特に参酌し、主文のとおり科刑して被告人の刑事責任を明確にし今後を厳しく戒めたうえで、その実社会内における更生を期待し、右刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西島幸夫 裁判官 廣瀬健二 坂野征四郎)

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